記事によると、「十分な技術や経験がなく、人的態勢も確保しないまま手術を行い死亡させた」ことが刑罰に値するという判断を奈良県警察本部が下したということのようです。
容疑者の一人は別件での有罪判決を受け、また控訴中であるという事情はありますが、それと業過罪での逮捕は基本的に別問題です。
また、医師として患者のために最善の努力をしたか否かという点については、特別な事情がなく、報道されている内容が事実であるとするなら、自分もまた医師の一人として思うところはあります。しかしながら、それとこれとはやはり後述するように別問題です。
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まずこの記事自体については、御本人達の意見を取材する事前の時間は「十分に」あったにも拘わらず、捜査情報に基づいた一方的取材で良しとされているところは問題です。「人的態勢の確保」が難しかったのかも知れませんが、取材不足で記事にしているのではないかと思います。取材してあるのであれば、にも拘わらず本人達の意見を記さないということは、やはり公平とは思いません。
また、充分な医学「知識」を勉強しながら取材に当たっているのか、医療についての報道で「充分な経験」を持っているのか、専門家の発言を十二分に咀嚼できているのかどうか、やはり後述する理由で、いつもながら極めて疑わしいと考えています。
密行性が求められる所であるにも拘わらず、捜査情報がマスコミに漏らされているところは、その意図と合わせて警察組織の問題でしょう。
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医療について言うなら、患者のために最善の態勢を整えることは理想ですが、現実には、慢性的な医師不足とキャッシュ不足という状況が続いています。外科医の人数は常に不足、輸血製剤は高額で返品が効かず、大学病院を含めて、多くの医療機関で不充分な体制の下で手術が行われています。医師を増やそうにも特に外科医の志望者は減少しており不可能、輸血も最小限度の確保に止め、出血してから追加を考えるというのが現場の現実です。そしてどんどん悪化しています。報道機関はその辺りの事情をどこまで知っているのでしょうか。
態勢整備ができないなら他の医療機関に紹介すべきというのは正論ですが、紹介先だとて決して充分な体制にないとき、その主張は根拠がありません。その事情を知っているのであれば、記事はそれを度外視しています。
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また、医師免許を持つ者全てに対して、技術や経験の有無によって特定の医療行為を禁ずる法令はほとんどありません。専門医制度は、その枠内であれば一定の経験と技術の基準を要求していますが、その制度の外にいる医師に対しては皮肉なことに一切の制約を行うことができません。法に定められていない罪を裁く、言わば法外な判断がここにあります。
これを裁くなら、まず法令に明文によって定める必要があるでしょう。
そしてより深刻な問題として、今後、これを先例として警察組織と検察官が「十分な技術や経験がなく、人的態勢も確保しないまま手術を行い死亡させた」なら業務上過失致死と判断することが一般化されることは、充分に予想できます。さらにこの論理が逆転して、「患者死亡=不充分な知識と経験+不充分な人的態勢」となることもまた容易でしょう。
裁判所の判断が待たれます。
福島県立大野病院事件では多くの医療関係者による声が上がりましたが、今回は詐欺での有罪判決を受けて控訴中である被告人という特殊事情から、支援が拡がることは期待できません。
それでもやはり、この事件の与える影響は甚だ深刻かつ大きいと言うべきでしょう。
また、これを機に、医療専門職全体として、やはり倫理問題について自律する仕組みを進めていく必要があるのではないでしょうか。
…ただし、厚労省のための岡っ引きとして振る舞うのでは自律になりません。念のため。
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